全豪選手権2003レポート

 我々、大阪ハーモニーブラス(OHB)は、去る4/17から4/20までオーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州ニューカッスルで行われた、オーストラリア・ナショナル・バンド・チャンピオンシップスに参加してきました。
このコンテストはウィンド・バンド、ブラス・バンド及びソロと4重奏、5重奏の各カテゴリーに分かれて順位を競う、豪州国内では最大のバンド・コンテストです。各カテゴリーは更にクラスが細分化され、我々ブラス・バンドのカテゴリーではシニア部門(一般)がオープンAからオープンDまでに分かれ、ユース部門がジュニアAからジュニアCに分かれています。オープンAが最上級レベルとされ、テストピース(課題曲)としてフィリップ・スパークの「ハーモニー・ミュージック」(1987年の全英選手権課題曲)の演奏が義務付けられています。
各クラスはテストピースが違い(オープンBはグレッグスンの「プランタジネッツ」、Cはスパークの「プライズウィナーズ」、Dはカーの「4人の小さなメイド」)、それによってクラス分けされているようです。日本の吹奏楽コンクールのように地区予選にあたるものはないようで(地区コンテストは開催されている。)、自己申告でどのクラスに出場するか決まるようです。
このテストピースの他、自由選択で行進曲と賛美歌、自由曲の演奏が求められます。OHBでは行進曲にウィリアム・リンマー作曲「コサック」、賛美歌にアーバイン作曲「クリモンド」、自由曲にハーバート・ハウエル作曲「パジェントリー」を選びました。(ちなみにウィンド・バンドのオープンAはテストピースがウィニアンの「Reminiscencia Gitana」、自由曲はダナ・ウィルソンの「ピース・オブ・マインド」やバーンズの「パガニーニの主題による幻想変奏曲」等を選んでいました。)

 さて4/17の夕刻、会社帰りのメンバーがぽつりぽつりと関西国際空港の4階出発フロアーに集まってきました。当初出発に間に合うか心配されたメンバーもいましたが、全員揃って21:35のクァンタス航空QF374便で関空を後にします。そのまま約11時間かけてシドニーを目指します。翌4/18の6:00にはブリスベンに到着、南半球ならでは(?)の空の青さに「海外へ来た。」との実感が湧いてきます。9:55にはシドニーへ到着、厳しいと噂されていた通関も無事パスし(オーストラリアは他と異なる生態系の保護のため、植物・動物・食物等の持ち込みは厳しく制限されている。)、バスで3時間かけて会場のニューカッスルへ向かいます。
コンテストは毎年各州持ち回りで行われています。(ちなみに来年はタスマニア島です・・・・。)ちょうど復活祭のスタートと重なって、道路は混雑していますが、14:00にはニューカッスルへ到着、ホテルへチェックインした後、昼食を近くのマクドナルドでとります。
ここで偶然、1999年にKEWバンドの指揮者として来日したマーク・フォード氏と再会します。そこで現在はKEWバンドを離れ、別のバンドでオープンAに出場していること、自由曲にウィルビーの「パガニーニ・ヴァリエーションズ」(!)を演奏することなどを聞き、当初想定していたよりも(他のバンドも含め)レベルが上がっていることを感じさせられます。

 昼食の後、いよいよ初日の演奏曲目のテストピースと賛美歌のリハーサルに入ります。ここで、テューバが1本しか到着していないというハプニング(今回テューバはミュートも含め、現地借用となりました。)があり、結局筆者も含め3人の奏者は本番直前のウォーミング・アップ・ルームで楽器を受け取り、ミュートワークもそこで実際に確認となりました。ニューカッスル・シティ・ホールで行われた本番は賛美歌はスムースにいったものの、ノリウチの本番の厳しさもあってかテストピースでは悔いの残る演奏となりました。

 翌4/19は朝からパレード・コンテストが行われました。このコンテストは本選の審査には関係無く、またメンバーもマーチングの経験者が少なかったので、当初参加は見送るつもりでしたが、事前に「余興程度」のもので300メートル程歩くだけ聞いていたので、折角オーストラリアまで来たからと思い参加しました。ところがどうしてどうして、結構力を入れて練習してきているバンドばかり。しかし、おじいさんから小さい子どもまで並んで行進している様は微笑ましいものがありました。

 午後からは行進曲と自由曲の演奏です。ウォーミング・アップ・ルームに入る前に、メンバーが昨日と同じようにサイン(替え玉奏者がきかないように事前にサイン入りの名簿を提出して、そのサインと照合している。)をし、呼び出しが来ると階段を登って舞台へ向かいます。(今回、袖で出番待ちということはありませんでした。)昨日よりは、練習に近い演奏となりました。
コンテストの結果は行進曲が2位、自由曲が3位、賛美歌が4位、課題曲が15位で総合得点では6位入賞を果たすことができました。(パレード・コンテストは15位でしたが・・・・。)総合1位はニュージーランドから参加したウィッテカー・シティ・トラスツ・ブラス(自由曲はウィルビーの「ジャズ」を演奏。)でした。結果発表後、審査員のジォフリー・ブランド氏からもお祝いの言葉をいただき、その夜は遅くまで祝杯をあげることになりました。(とは言うものの、翌日6:00出発でシドニーに戻るという強行日程で、徹夜状態のメンバーがほとんどだったと思いますが。)  今回、OHBとしての初の海外遠征で、恐らく日本のブラス・バンドとしては海外のコンテストに初めて挑戦して入賞できたことは収穫でした。とは言え、ポイントには表れない歴然とした差があるのも事実でした。演奏されている自由曲のレベルは英国のチャンピオンセクションと遜色ありませんし、演奏のクオリティも同様で、まだまだOHBのレベルアップが必要と痛感させられる演奏が大半でした。

 またオーストラリアの人たちのフレンドリーさ、親切さに触れることができ、海外遠征ならではの経験を積むことができました。(予想以上に積極的に話しかけてくれ、日本語を片言でもしゃべれたり、日本に行ったことがあるという人の多さにはびっくりしました。地球の同じ側に住んでいるという親しさ(?)からでしょうか、英国ではあまり体験できないことです。まあ、さすがに15分おきに変わって行く天気と、よく言われるOZ時間(本当だった!)には閉口しましたが。)しかしこうした経験を積み、何よりもSARS、イラク戦争という大きな問題があったにも関わらず、メンバーが全員無事に行って帰ってこれたことが一番良かったのではないかと感じています。

 最後になりましたが、今回のツアーではとてもたくさんの方にお世話になりました。ひとりひとりのお名前を挙げたいのですが、字数も限られております。この場をお借りしてお礼申し上げて、レポートを終えたいと思います。幸福な時間を有難うございました。           (木原 亮太)


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Last-modified: 2006-03-19 (日) 09:45:19 (5017d)